2023-01-01から1年間の記事一覧
夏休みが終わってからはさらに時間の流れが早く感じた。 授業、部活、大学の練習と、毎日やることに忙殺されている間にあっという間に秋の気配が近づいている。 朝日丘高校に入学してから半年が過ぎた。 正門のところにある木はもう青々とはしていない。 通…
「終わった?英語終わってる?ちょっと見せてよー」 「ダメだって自分でやりなよ」 伸ばしてくるあかねの手から英語のプリントを遠ざける。 まったく。油断も隙も無い。 「さっき数学教えてあげたじゃん。ケチ陽菜。あたしのも見せてあげなーい」 「いいよー…
くっ!ダメだ、振りほどけない!まずい、身体伸ばされる! 「陽菜ムダに暴れない!顎引いて冷静に!違う!後ろの手から外す!」 翔瑛女子大2年の藤本まどか。 典型的なグラップラーだ。寝技、関節技、絞技を得意としている。 私はまさに胴締めスリーパーホー…
疲れ果てた身体を引きずって自分の部屋のドアを開けると、中からもわっと厚い空気が出てきた。 私の部屋は西日が当たるので夕方はいつもこうなる。 まずはエアコンを入れて着替えを済ませ、勉強机に腰掛けた。 もうすぐ夏休みが終わる。 窓の外を見ると真っ…
「咲来ー!それじゃ腕立てになってないよー!もっと下まで下げる!」 「…はぃ」 「声ちっさい!」 「はい...!」 大学の練習はキツい。特に筋トレ。華奢な咲来にはなかなか大変だろう。 でも初日よりは全然できている。 最初は腕立て伏せ10回でもうダメそう…
苦労して進んだ距離を一気に引きずって戻される。 ロープが遠ざかる。 せっかく堪えたのに。 「いくよー!レフェリー!」 大島莉子が一気に体重を後ろにかけるのがわかった。 自分の身体がぐぐっとシャチホコ状態にされて無心にリングを叩いた。 「ギブギブ…
そう思って掴みかかろうとした瞬間だった。 視界から竹内葵の姿が消える。 タックル? いや、もう近づき過ぎてタックルには入りにくいはず。 すると胴体を持ち上げられ、足が浮くと同時に身体が前に回転し、背中から叩きつけられた。 フロントスープレックス…
強い。 私と咲来、全く違うファイトスタイルなのに大島莉子はしっかり対応し、その上で自分の得意に持ち込んでいる。 咲来がロープブレイクし仕切り直したところからローキックを決める。 バシッという音が響いた。 速い。 予備動作も最小限。 大島莉子の身…
翔瑛女子大のプロレス部の練習場はキャンパスの端の方にあった。 先輩は食堂と練習場の間を自転車で移動している。 学内を自転車で移動するのもまた新鮮だ。 案内された場所には私たちが使っている格技室よりも小さい建物があった。 エアコンも付いているの…
「うわー!正門でかい!」 さすがは私立大学。 建物は綺麗だし、入口の門がとにかく大きい。 その門の下を行き来する人はほとんどいない。 大学も夏休みに入っていて、部活のジャージを着ている人や楽器を担いだ人がたまに通り過ぎていくだけだ。 「2人とも…
交流試合が終わった次の練習で、私は咲来と一緒に職員室に行って、桜から聞いた話を先生に尋ねた。 「先生って翔瑛女子大だったんですか?」 「そうよ」 どうして知っているの?と、それがどうかしたの?が混ざった表情を浮かべながら、大したことじゃないよ…
夏の格技室は地獄のようだ。 建物が日差しに晒されて、中の温度は外よりも暑い。 毎日ドアを開けた途端に暖かい空気に迎えられる。 直射日光よりマシ。 室内スポーツ組はそう言ってサウナのような屋内に入っていく。 窓という窓を全開にして少しでも空気を入…
交流試合の翌日、練習は休みにした。 試合は体力も使うし気も張っているから、思った以上に疲れている。 激しいスポーツでは身体のメンテナンスは大切だ。 自分の部屋のベッドで横になって何時間たったかな。 身体は休まってるけど気持ちが落ち着かなかった…
試合終了のゴングが鳴ったのかわからない。 技は解かれたはずなのに、それさえいつの間にそうなっていたのかもわからない。 負けた。 同じ一年生相手に全然歯が立たなかった。 リングに上がって5分。 最後はなす術なくギブアップ負け。 周囲の歓声が遠くに聞…
「陽菜、緊張してる?」 「うーん、どうかな。でもしてたとしても良い緊張感だよ、きっと」 Fグループ最後の試合。ついに高山美優と対戦だ。 ここまでFグループは桜が1勝2敗、石井百合が0勝3敗で、高山美優と私が2勝0敗。 グループ首位に何かあるわけではな…
試合の興奮が冷めないまま桜とアップルームへ移動した。 試合を終えた私たちは何も言わず、でも当たり前のように一緒にここに来てストレッチをしている。 2人とも今日はあと1試合ある。 少しでも休まないと。 披露した身体が固まらないようほぐしていると昂…
桜との試合は久しぶりだ。 中学の頃は校内の練習試合で何度か戦ったし、練習中のスパーリングもよくやった。 打撃と関節技が上手くて、いつも冷静に戦況を見極める頭脳派レスラーだ。 自分の試合やアップ、咲来の試合を見たりしていて、さっき揉めてからはま…
Fグループの第3試合を終えるとちょうどお昼ご飯の時間になった。 私は咲来の試合があったのでそれを観てから来る途中にコンビニで買ったおにぎりを2人で食べた。 咲来は2試合目は負けてしまった。 相手はプロレス初心者ながら柔道の経験者だった。 打撃に強…
全員が1試合目を終えて2試合目が始まる。 第三試合は高山美優と石井百合の対戦だ。 今回私は石井百合のセコンドに着いている。 彼女の試合前は落ち着きがなくてそわそわしてるようにも見えるくらい、こまめに身体を動かしていた。緊張してるのかな。 「前田…
悶々とした気持ちのまま時間は過ぎ、桜の試合が近づいていた。 試合するリングが決まり、セコンドの役目があるのでそこに向かう。 今回は高山美優のセコンドだ。 試合前の彼女はすごく落ち着いていた。 アップはほとんどしないのか、汗ばんでいるようにも見…
交流試合では同じグループでも試合の間隔がある。 Fグループはさっき私と石井百合が試合したから、今は別のグループがリングを使っている。 「陽菜おつかれー。相変わらずいい動きだったじゃん」 「ありがとう。とりあえず白星ひとつ」 「やっぱりジャーマン…
石井百合。 千葉県にある私立高校の2年生。 この前の南関東大会には出ていなかった。 お互いファイトスタイルがわからない状態での対戦だ。 見た感じ背は低めでがっちりした身体ってわけでもない。 打撃と関節技主体とかかな。 ゴングが鳴って組み合う。 う…
Fグループの第一試合の対戦カードは私と石井百合だった。 交流試合ではグループ内の人同士でセコンドにつく。 だから前の試合が終わるまでの間、話したりすることもできる。 お互いの部活や練習の話、全く関係なくアイドルグループの話をする人もいる。 まだ…
「咲来!ごめんぎりぎりになっちゃった」 間に合った。咲来の試合の一つ前だ。 リング脇に咲来の姿を見つけて駆け寄った。 私の声に振り向いた咲来の表情は固かった。 集中している。 だったらいいんだけど、緊張もしているだろう。 私を見てちょっとほっと…
開会式が終わってAグループから順に試合を行う。 リングは4つなのでまずはDグループまでの第一試合が始まっている。 私たちFグループのメンバーは、 緑ヶ丘学園 2年 石井百合 紫苑女子大附属 1年 高山美優 聖華女子学園 1年 三浦桜 朝日丘 1年 前田陽菜 石井…
会場は広い体育館でリングが4つも設置してある。 関東でプロレスをやってる高校生はこんなにいるのかと周りを見渡す。 交流試合を始める前に開会式があるので、各グループで固まって整列する。 私は早めに咲来と別れて集合場所に向かった。 高山美優。 こん…
すっかり30度超えが当たり前になった7月の最終土曜。 今年度初の連盟交流試合が行われる。 連盟とは、いくつもの女子プロレス団体が共同で作った組織だ。 以前と比べて競技人口が増えたとは言っても、どの団体も新人の獲得にはいつも苦労している。 入っても…
「じゃあさらりんのカレのことも知らないの?」 「えっ!?」 カレ? 彼氏? 咲来の? いや、えっ?て言うのも失礼なんだけど。 「咲来、彼氏いるの!?誰?クラスの男子?」 「うん。いるけど、でも中学からの人だよ」 「えー!そうなんだ!何、部活の先輩…
人が多すぎる。 新大久保駅に着いたけど人混みで改札まで進まめない。 前来たのは受験終わりの春休みで平日だったけど、それでも大学生らしき人たちで賑わっていた。 ようやく改札口に辿り着き、待ち合わせをしてる群衆からあかねの姿を探していると、隣にい…
期末テストが終わった後、夏休みまでの間の期間が私は好きだ。 やっと勉強から解放されたってことと、三者面談が始まるので短縮授業になることが嬉しい。 「ひなー、放課後ヒマ?今日も部活?」 「うん、そうだよ。なんで?」 5時間目が終わると掃除が始まる…