【JKプロレス】大塚咲来vs大橋未来

咲来の第一試合は接戦だった。

相手は緑ヶ丘学園の一年大橋未来。
プロレス歴はわからない。
中学からやっているようにも見えた。

咲来のローキックにはほとんど対処できていなかった。
何発も綺麗に入って咲来が優勢と思いきや、なかなか相手の動きが落ちない。

大橋未来はロックアップからの投げ技でスキを作って関節技に入る。
シンプルだけど咲来の体力を確実に奪っていった。
脇固めや逆エビ固め、ボディシザースと攻めの種類も豊富だ。

 

惜しいな。
咲来は蹴りが武器だからもっと足を攻めればいいのに。

咲来との対決が決まったせいか、いつもと違う目線で咲来の試合を観ていた。
一番身近な仲間だけど切磋琢磨する関係ではなかったかもしれない。

試合時間が7分になり、技の応酬で両者かなり消耗していた。
咲来はこの試合一番の窮地を何とか逃れたところだ。

咲来のローキックを大橋未来がついにキャッチした。
ドラゴンスクリューで足を捻り、すぐさまアキレス腱固めに入った。
完璧に極められる前にロープを掴んだけど、少しロープが遠かったせいで足をだいぶ絞られたみたいだ。

同じ一年生相手に負けてほしくない。
私と勝負する前にこんなところで負けないで。
そんな想いでリングに向かって咲来の名前を叫んだ。

強豪校の試合と違って応援や観客は少ないけど、その分声は届きやすい。
私の声もきっと咲来に聞こえるはずだ。

そこからしばらく膠着状態に入った試合に決着をつけたのは咲来だった。

大橋未来は咲来の足を痛めつけた後も蹴りを警戒してかなり慎重になっていた。
そのガードをかいくぐるように咲来がボディスラムからの抑え込み、それを返した大橋未来をうつ伏せにしてSTFを決めてギブアップを奪った。

咲来も関節技いっぱい特訓したもんね。
キック以外でも十分戦える。

 

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【JKプロレス】前田陽菜vs井上ひかり

開会式が終わるとすぐに試合が始まる。
私はBグループの第1試合なので先にアップをして身体を温めた。

冬の午前中なので少し身体が固いのでアップは入念にやった。
咲来にも付き合ってもらってロックアップからの動きも軽く確認しておく。

 

第1試合の相手は井上ひかり。千葉県の2年生だ。
リングに上がって向かい合うとかなり小柄に見える。
150cmあるかどうか、くらいか。

ゴングが鳴ってまずはロックアップ。やっぱり軽い。
すぐさま抱え上げてボディスラムで叩きつけた。

小柄だけど井上ひかりのドロップキックは打点が高い。
私の胸元にしっかり決めてきた。

ロープへの振り方も上手い。
ロープで跳ねた後の絶妙なタイミングでジャンピングネックブリーカーを決めてくる。
いい飛び技持ってるなと受けていて清々しい気持ちになる。
いやダメだ、防御防御。

 

相手のペースに飲まれないようローキックで探りを入れる。
これはしっかり対処してきた。
リーチが違うから向こうからは打ってこないけどこっちの攻撃はちゃんと対応される。
もう一発、あっ、足取られた、しまった!

井上ひかりが私の足を抱え込んで身体を回転させる。
ドラゴンスクリューだ。
相手の動きに合わせて回って足のダメージを軽減する。
こっちも上手く対処できたものの、片足を取られた状態で寝技に入られた。

私の足を首にかけようとしている。
井上ひかりの狙いはストレッチマフラーだ。
そのスキにロープに、よし掴んだ。ロープブレイク。

 

寝技を回避したのも束の間、今度はタックルを狙ってくる。
でもこれは上手く対処した。
身長差があって私の目線は下向きだから、高低差で急に視界から消えるタックルというわけではない。
それでも井上ひかりの動きは素早かった。

 

タックルに来た井上ひかりを上から押しつぶすようにしてリングに組み伏せる。
今度はこっちの番だ。
背後にまわれるか、いや、警戒されている。
だったら腕狙いだ。

井上ひかりが仰向けになったところで左腕を取る。
腕を伸ばされないよう両手をバインドさせてきた。
でも関係ない。
相手と直角になる位置に入って、両足で腕を挟み込み、ボディと頭部を押さえつける。
これで逃げられなくする。

あとは両手のバインドを少しずつ緩めていくだけだ。
相手の腕を抱きかかえるようにして身体全体で肘を伸ばしにかかると、バインドしている手が外れかかった。

もう一息、よし、切れた!
腕をまっすぐに、肘を返されないようにしてそのまま極める!

 

井上ひかりは一瞬ロープに逃げようとしたが、すぐさまタップした。

できた。関節技も試合で通用した。これが私の新しい武器だ。

ジャーマンスープレックスは好きだしこれで勝負を決めると気持ちいい。
でも関節技で決めるのもプロレスの幅が広がったみたいでわくわくする。
ジャーマンで決めた時とはまた違う快感だ。
相手のガードを少しずつ、でも着実に外していってフィニッシュする。
関節技使いはこんな感覚だったんだ。

 

あー、もっと試したい。練習した技をもっと使ってみたい。

試合が終わったばかりなのに次の試合が待ち遠しく感じた。

 

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【JKプロレス】冬季交流試合

もう駅からの道も慣れたもので、マップを見なくても、考え事をしながらでもたどり着けるようになった。
隣にいる咲来はマフラーで口元まで隠れ、少しでも冷たい外気に触れまいとしている。
緊張しているかどうかは見て取れないけど、今日の試合を楽しみにはしているはずだ。


交流試合も3回目となり、高校一年生最後の試合になる。
上位の大会があるわけではないので、勝っても負けても今日一日の試合だ。
ある意味気楽に戦える試合でもあるけど、それでもこれまでの練習の成果を試す貴重な機会に少しのプレッシャーと期待が募っていく。


「私Gグループだ」

「あ!私もあった。今回は紫苑女子の安田さんかー。あとのメンバーも強い人だといいな」

「前田ちゃんのグループ毎回強豪校入ってるよね」

「へへっ。私、引きはいいの」


トーナメントで強豪校ばかり当たるときついけど、こういう試合ではハイレベルな選手と当たっておいた方がいい。

あとの2人は2年生なのでキャリアは上かもしれない。
そうだといいな。


Bグループ
千城学園 2年 井上ひかり
川崎中原 2年 新井美紀
朝日丘 1年 前田陽菜
紫苑女子大附属 1年 安田葵


この前の新大久保で高山さんと連絡先を交換していた。
なぜかあかねも交換していたけど、いつ連絡取るつもりなんだろう。

私も普段連絡することはないけど、試合前日は気持ちが高ぶって連絡したくなってしまう。


”明日の試合、同じグループだといいね”

”そうですね。こればかりは運ですが”

”当たったら次は勝つからね”

”はい。私も全力で戦います”


残念ながら今回は同じグループではなかった。
Hグループに名前があったので、Gグループで咲来の試合がなければ観に行けそうだ。


「咲来のグループは…。え、白浜女子じゃん!」

「有名なとこ?」

「千葉の強豪私立だよ。ほら、南関東大会にも出てた…」


Gグループ
白浜女子 2年 岩田結菜
戸田緑町 2年 佐藤美咲
朝日丘 1年 大塚咲来
緑ヶ丘学園 1年 大橋未来


そうだ、岩田結菜だ。投げ技を得意としていた。
確か2回戦敗退だったような。
つまり南関東のベスト8だ。

南関東に出てた、強豪校の人」

咲来はプログラムの岩田結菜の名前から目を離さずに言った。
間違いなく関東圏トップクラス。
来年は3年生なので全国行きを争う選手に入ってくるだろう。
さすがに強敵過ぎるか。

 

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【JKプロレス】陽菜と咲来

「いっ…!」

まどかさんがタップした。飛びつき腕十字、だいぶ様になってきた。
相手に飛びついて倒し、そのまま腕十字固めに入る。
倒してから動きの無駄なくスムーズに技に入れれば極めやすい。
そこまでの動きをまどかさんと反復練習しているのだ。


「前田さんいい感じだね。試合でも十分通用すると思うよ」

「ありがとうございます!」


数か月前はグラップリングスパーで好き放題締め上げられたまどかさんに褒められると何だか上手くなった気がする。
今月の交流試合で試すのが楽しみだ。


咲来は莉子さんに定番のプロレス技を一通り教えてもらい、得意の打撃に加えてさらに攻撃力が上がっている。
この冬は苦手な筋トレにも取り組んで首もかなり強くなった。


「はーい、陽菜と咲来集合」

「はい!」


咲来と私はそれぞれ相手に礼をして美月先輩のところに集まった。

スウェットにTシャツといつも通り飾り気が無い。
でも大学生がやると妙に大人っぽく見える。


「今週末、連盟の交流試合だっけ?」

「はい」

「秋以降それぞれ課題持ってやってきたから、前よりいい試合ができると思う。楽しみなのはわかるけど力み過ぎて空回りしないようにね」


何で私の方を見ながら言うんだろう。
確かに前は試合後半で自分の課題を忘れてがむしゃらになっちゃったけど。

今回はこれまでやってきた防御の方は継続してやりつつ、攻撃面でいろいろ試したい。
冷静に相手の動きを見て、いろんな技の種類で多角的に攻めていく。
練習通りできれば大丈夫なはずだけど、リングに上がると頭から吹っ飛んでしまいかねないから恐ろしい。


「ま、試合の雰囲気の中でどこまでできるかっていうのも場数と経験が必要だし、それも練習だと思って一試合一試合無駄にしないようやってきな」

「はい」


「そういえばさ」と思い出したかのように美月先輩は続ける。


「陽菜と咲来って、試合したことある?」


思わず私たちは顔を見合わせた。
言われてみればないかも。


「咲来とですか?試合はないです。でも毎日のようにスパーはやってます」

「そっか。2人しかいない部内じゃなかなかやんないか。じゃあさ、今度ここでやってみなよ」


何だろうこの気持ち。
こんなにずっと近くで見てきたはずなのに、急に咲来が得体のしれないものに見える気がした。


「別に強豪校じゃ校内のリーグ戦なんて珍しくもないんだし。それに、来年後輩入ってくるかもでしょ。どっちが強いのか、はっきりさせといた方がいいんじゃない?」


美月先輩はいたずらっぽく私と咲来を見比べる。
咲来も少し戸惑っているように見える。


キャリアは私が長いし、学校の練習では私から教えることが多い。
負けるはずないと無意識に思っていたかもしれない。

でも咲来はこの1年で強くなった。しかも武道経験者だ。
プロレス的な強さだけではなく格闘家としての強さもある。
何より打撃戦に持ち込まれたら分が悪い。
お互いの戦闘スタイルを知り尽くした咲来が私に対してどんな攻め方をするのかは正直想像がつかなかった。

「そうですね」

いつかは戦う日が来るとわかっていたのか、自然と口が動いた。
いざ口にしてみると頭がすっとクリアになる。

「咲来、勝負しよう」

今まで見て見ぬふりをしていた。
私たちの間で勝敗がついてしまうのが少し恐かった。
でもこんなに身近に、素晴らしい対戦相手がいるのに戦わないなんてもったいない。

「うん」

咲来も真っすぐこっちを見て頷いた。
不安と楽しみが入り交じったような目だ。
それでも怯えはない。
咲来も当然勝ちに来るだろう。

私たちの対戦は交流試合の翌週に決まった。

 

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【JKプロレス】冬休み

月が二桁になると時間はあっという間に過ぎる気がする。
ついこの前10月になったばかりなのに気付けばもう年末が近づいている。
何なら少し前までセミが鳴いていた気さえしているけど、もう朝晩はコート無しでは自転車に乗れない季節になっていた。


落ち葉で覆われた通学路を自転車で突き進む。
乾いた葉を踏んだ時のぱりっという音が小気味いい。

咲来は相変わらず朝練には出てこないので、いつも通りサンドバッグが相手だ。
この半年、毎朝キックの練習をしたおかげで随分上達した。
私の投げ技を警戒して間合いを取るならこのキックをお見舞いしてやるんだ。

最近はサンドバッグを使った一人練習のメニューを増やしていて、ラリアットやマットを敷いてドロップキックの練習もしている。
飛びつき腕十字で相手の身体に飛びつく時の感覚を掴む練習にも使えそうだけど、これはやっぱり人が相手がいいなと思う。


放課後の練習は美月先輩に教わったことを咲来と反復練習したり、フィジカル強化のトレーニングに時間を割いた。
いろんな技を扱う上で、まずは土台となる身体作りが大事だ。
怪我を予防する意味でも筋力と柔軟性は欠かせない。

咲来は相変わらず線が細いけど、入部当初より力はだいぶ強くなった。
技のコツを掴んできたのもあって私をボディスラムでひょいと投げられるくらいにはなっている。


この数か月の練習のおかげで使える関節技が増えた。
今まであまり得意ではなかったこともあってほとんど練習してこなかったけど、やってみると奥が深くて面白い。
どの技もいくつかの工程があって、一つずつ進めていくことで技が完成する。
相手は常に抵抗してくるのでそれに随時対処しながら、パズルのピースを埋めていくみたいにして完成形に持っていくのだ。
極まってしまえば相手にどれだけ体力があろうと関係ない。
試合開始数秒で勝敗が決してしまう可能性を秘めている。
自分が練習してみて改めて関節技の恐ろしさがわかったし、かけ方がわかれば逃げ方も少しわかるようになったと思う。


「じゃあ2人ともお疲れさまでした。良いお年を」

「ありがとうございました!先生も良いお年を。失礼します」


堀田先生とのミーティングを終えて私と咲来は説教部屋を出た。

今日は年内最後の練習日。
二学期の終業式はもう終わっていて冬休みが始まっている。
校内には部活で来ている人と、大学受験を控えて学校で勉強している3年生がいるだけで閑散としている。


「咲来はお正月何するの?」

「ゲームかな。小山ちゃんとも約束してて」

「2人とも飽きないねー」

「前田ちゃんは?」

「うちは毎年おばあちゃん家で過ごすの。多摩の方だから都内なんだけどね。でも弟が文句言わないか心配だよ」


絶賛反抗期中の康太が行かないとか言い出して揉めるのかなと少し不安になる。
家に残しておくと数日カップ麺しか食べないだろうし、無理やり引っ張っていくのだろうけど。


電車通学の咲来と話しながら学校の最寄り駅までやって来た。
年内最後と思うとちょっと名残惜しくてつい話が止まらなくなってしまった。

駅前は人で賑わっていた。
年末年始に備えて買い物する人たちや若者で溢れている。
家と学校、翔瑛女子大を自転車で往復するだけの私はこういう街中に久しぶりに来たので、年の瀬だなと改めて実感した。


咲来と別れて自転車に乗って家に向かう途中、この一年のことがふと頭に浮かんだ。

毎日のように顔を合わせる咲来とだって知り合ったのがつい7か月前、まだ一年も経っていない。
他にも公式戦と2度の交流試合があって悔しい思いもたくさんした。

何よりたくさん練習した。
もう咲来には手の内全部バレてるといってもいいくらい一緒に練習したし、大学の人たちにもいろんなことを教えてもらった。
毎回のことだけど、次の試合が楽しみだ。


駅から帰る道はよく知らなかったけど、見慣れた道路に出てきてほっとした。
膝から下は風に晒されて寒さで肌が凍えそうだ。

早く帰ろう。ふっと息を吐いて練習で力尽きていた太ももの筋肉に気合を入れる。
ペダルを踏む足にぐっと力を込めてスピードを上げた。

 

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【JKプロレス】高山美優と新大久保

電車が止まり扉が開くと乗客同士がぎゅうぎゅうになってホームに押し出されていく。
人の波に乗ってやっとのことで駅から出た。
道行く人たちは薄手のコートを着ている。
空はどんよりとした色ですっかり秋の空という感じだ。
雨が降り出しそうな暗さなのに、相変わらず駅前は人でごった返している。


「いやーもう来週が待てないよ、あ、陽菜こっち。先コスメ見ていい?」


あかねの韓国ドラマの話を聞きながら、人混みではぐれないように後ろからついて行く。
今日のあかねはニットのトップスをスカートにインして可愛らしい帽子を被っている。
周りより小柄だから人混みに埋もれないようぴったりと後ろをついて歩く。


「さらりんも来れたらよかったのにねー。陽菜は相変わらず暇人でよかったよー」


今日は部活が休みだ。
少し前に中間テストも終わったし美味しいもの食べに行こうというあかねの誘いで、私たちはまた新大久保にやってきた。

ちなみに咲来にも声をかけたけど今日は彼氏と予定があるらしい。


「私だっていつでも空いてるわけじゃないからね。今日はたまたま…」

「わかってるよー、忙しいとこありがとね。あ、そこのお店寄っていい!?」


あかねに手を引かれるまま通りかかったお店に入っていく。

相変わらず私は化粧品にはまだ縁がない。
あかねやクラスメートと話をしている間に興味は沸いてきたものの、どうせ朝練でめちゃくちゃになるから諦めている。


「この色綺麗」

「お、ようやく陽菜も興味持ってきた?私がいろいろ教えてあげるよー?」

「うーん。でも練習したら落ちちゃうしなぁ。今はまだいいよ」


高校卒業するまでにはあかねにいろいろ教えてもらおう。
そう思っているとあかねが店の奥を指さしながら耳元で囁いた。


「ね、見て。あの人綺麗じゃない?。ほら、奥の方にいる背の高い黒髪ロングの。アジアンビューティーって感じしない?ああいうのにも憧れるなー」

 

あかねがアジアンビューティーっぽくなるとまた雰囲気がらっと変わるな。
そう思いながらあかねが指さす方を見た。

人でごった返す店内だけど一目でわかった。周りよりも背が高く、綺麗な真っ黒の髪が異様なオーラを放っていた。
でも私が気になったのはそれだけではなかった。
見覚えがある、ような。

くるりと向きを変えたところではっと息をのんだ。


高山美優だ。

どうしてこんなところに。

ガン見し過ぎたのか、彼女もこっちに気付いた。


「高山、さん?」

「前田さん、お久しぶりです」


覚えててくれたんだ。4か月前に初めて会って試合しただけの私を。


「え、何?陽菜知り合い?じゃあ言ってよー。あたし小山あかね、陽菜の幼馴染なんだー」


知り合いって言えるようなあれじゃないんだけど。
てかもう自己紹介しちゃってるし。


「高山美優と言います。前田さんとは以前試合させていただきまして」

「あーそうだったんだ」


そこからの展開はあっという間で、しかも予想外のものだった。
買い物した後に行こうと言っていたカフェに高山美優と3人で行くことになったのだ。
ばったり出くわしたあのお店で、コスメの話で盛り上がっていた流れで、


「あたしたちこれからカフェ行くんだけど、一緒に行かない?」


という突然の誘いを最初は遠慮していたけど、
「もっとコスメの話したいし!」と言うあかねに、
「じゃあご一緒させていただきます」となったのだ。
あかねの異常なコミュ力の高さにはいつも驚かされる。


「いやー、陽菜は全然メイクしないからこういう話できなくてさー」

「あかね私が知らなくても関係なく喋ってるじゃん」

「だって陽菜は何でもちゃんと聞いてくれるんだもん。でもみゆちんめっちゃ詳しいねー。みゆちんとはいろいろ話せて楽しいよ」


飲み物を注文して待っている間にも2人の話は止まらなかった。
といってもあかねが8割話している。


「私はまだいろいろと試行錯誤している段階ですので、小山さんのご意見はすごく参考になります」

「高山さん普段もメイクしてるの?」


同じように女子プロレス部に入っている高校一年生。
でも圧倒的に上のレベルにいる高山美優がメイクもしっかりしているなら、何だかそっちも負けてられない気になってしまう。


「いえ。普段は練習がありますので。外出の時くらいです」

「それでこんなにいろいろ知ってるなんてすごいねー」

「プロレスは人前に立つ競技ですので、ある程度は身だしなみとして必要です。プロの選手になってから恥ずかしくないよう今のうちに練習をと思いまして」

「すっごいねー」


思わずあかねと声が揃った。
もうプロの団体に入った時のことを考えているのか。

高山美優は今日は薄っすらとメイクしていて、試合で見る時とはまた印象が違う。
ニットにロングスカートというシンプルで清楚な服装にもよく合っていた。
まじまじと見る機会もなかったけど、見れば見るほど美人だ。


「そういえば、陽菜との試合ってどうだったのー?この子結構強いでしょ?」

「ちょっとあかね、高山さんは南関東ベスト4なんだよ」

「あっ、前言ってためっちゃ強い人ってみゆちんのこと!?あー理解理解。じゃあ陽菜ボロ負けだったのか」


ボロ負けってわけじゃ、とは言えなかった。
あの試合では何もできなかった。それは私が一番よくわかっている。
でも高山美優の返事は意外だった。


「いえ、前田さんとの試合はとても楽しかったです。東京に来てよかったと思いました」

「え、何で?私あの時全然だったじゃん」


今の私はもう違うって暗に言いたくて、「あの時」に少し力がこもってしまう。
でも私のちょっとした意地よりも高山美優の真意が気になった。


「前田さんは最後の最後まで諦めませんでした。一瞬でもスキがあれば私を倒そうと狙っている、そんな緊張感を感じました」


高山美優は嬉しそうに話した。
確かに私はあの場で高山美優を倒すつもりでリングに上がった。
サソリ固めでギブアップするその瞬間まで。


「私、高校入学までは長野県に住んでいて、中学1年で中部大会に進みました。2年生と3年生では全国大会まで出させていただくことができました」


長野県だったのか。
だから初めて見た時知らない選手だって思ったのだ。
中部大会は愛知県や長野県などを含むエリアの大会で、こっちで言う南関東大会だ。
それに1年生で既に出ていたなんて。
それに中2から全国に出ていたのか。


「中学2年生まではとにかく一生懸命で、練習したことを少しでも試合で実践できるよう努力していました。しかし、中学3年生の時はもうどうしたらよいかわからなくなってしまって」

「みゆちんが最強過ぎてもう練習することなくなちゃったの?」


いや、違う。
かつて見た試合を終えた後のあの目、あの表情をふと思い出した。
そういう雰囲気ではなかった。


「確かに、中学1年生以来、中部の選手に負けることはありませんでした。でも、その、私が望んだ試合ではなかったといいますか...」

「強すぎる高山さんに立ち向かってくる人がいなくなった」


言い淀む高山美優の続きを私が引き継いだ。
高山美優は肯定するように目の前の紅茶に視線を落とした。
改めて見るとやっぱり美人だなと脈絡のない感想が頭によぎる。


「最初は思い切り戦えていました。しかし軽く関節を極めるだけで相手の方はタップしてしまうようになり、私の中では勝負はここからという気持ちだったのですが」


勝ち目のない相手に早めに試合を投げ出してしまうのか。
それだけ高山美優が圧倒的なのだろうけど、それじゃ対戦相手に失礼だ。


「だから私は推薦を頂いた東京の高校に進学することに決めたのです。東京は全国で一番競技人口が多いですし、関東はプロの団体も多いです。ここに来たらまた全力で戦える相手が見つかるのではないか、と」

「そっかー。強者にも悩みがあるんだねー。倒しても倒しても立ち向かってくる陽菜が面白かったんだ。でも確かに、あたしもどうせ一緒にゲームやるなら自分より強いくらいの相手とやった方がわくわくするもんね」


何でこんなにカッコいいのだろう。
トップクラスの試合を望み、むしろ自分を倒してくれる人が現れるのを待ってさえいるみたいな。

今の私にはそんな余裕はないし、課題は山積みだ。
でもいつか追いつき追い越してみせる。

「高山さん、また試合しようね」

高山美優は長い黒髪を耳にかけながら、微笑んで応じてくれた。


「はい。是非お願いいたします」

 

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【JKプロレス】関節技練習②

「そうそう、片足取ったらチャンスだね。片逆エビ固めから移行できるから、片足さえ取れればいいよ」


教えてくれたのはSTFだった。
うつ伏せの相手の片足を曲げて自分の両足で挟み込み、背後からフェイスロックをかける技だ。
タックルでテイクダウンしてかけられる技を持っておくといいって教わった。

STFは莉子さんも試合で使うみたいで、いろんなコツを教えてもらった。
タックルで片足を取ってまずはハーフボストンクラブに入り、そこから足を両足で挟んでSTFに移行する。
まずはこの形を繰り返しやって身体に叩きこんでいく。


莉子さんと交互にかけてかけられてを繰り返していった。
やられて身体で覚えるのが一番早いというのが莉子さんの持論なのだけど、


「あぁっ!」

「あ、ごめん締め過ぎた!?」


顔が歪むかと思った。
そんなにごつく見えない身体のどこにこんな力があるのかって不思議なくらいだ。
この技はちゃんと練習すれば私もギブアップ取れるようになるかな。


美月先輩が言うには防御は合格点を取れれば満点でなくてもよい、らしい。

守りに徹したら試合時間を逃げ切ることはできるかもしれないけど、それでは勝てない。
ノーダメージで勝つより、決定打を受けないよう相手の得意分野は徹底的にブロックしながら、その他の技は割り切って受ける。
その見極めも大事だそうだ。

そして後はいかに攻めるか。


「投げ技を警戒されたくらいで何もできないんじゃダメ。攻撃の種類が増えれば相手は守り切れなくなる。結果的にジャーマンにも入りやすくなるはずよ」


ということで、まずは関節技強化が始まったのだ。


「あと、3カウント以外でも試合を決められる方がいい。関節技だと相手の体力削り切らなくても勝てるからね」


その言葉の意味は今痛感している。
練習が始まったばかりでも莉子さんにSTFをかけられると、これダメなやつだって感じる。
今までジャーマンで試合を決めることが多かったから、プロレスとしてはちょっとあっけなくて寂しい気もするけど。

練習が終わった帰り道でも莉子さんにフェイスロックを極められた感覚が頬に残っていた。

「ねぇ、私顔腫れてない?」

「うーん、大丈夫、かな。ここちょっと赤くなってるけど」

「痛っ」


咲来に指で突き刺される。
莉子さんに何度もフェイスロックをかけられた場所だ。
やっぱり赤くなってるのか。
痣にならないといいけど。


「大島さんの技って強烈だよね」

「ほんとに。顔の形変えられるかと思った」


咲来も徐々に技のバリエーションを増やしているらしい。
最近は投げ技もやっているのを遠目に見て羨ましいなと思った。

美月先輩の咲来の交流試合へのコメントは端的で、


「いい感じね。関節技はまだ練習不足だしそんなもんでしょう。そこはさらに磨きをかけつつ違う技もやっていこうか」


だった。
咲来は飲み込みが早くそつなくこなす。
学校での練習でスパーリングしても前とは違う動きをしてくるから面白い。
私も負けてられない。

次の交流試合は年明けだ。
それまでにもっといろんな関節技を習得して、誰が相手でも負けないように強くなってやる。

 

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